教科書

地塗りの実演

実演 : 膠充填材による木版への水性地塗り

① 材料と道具







・桐製パネルF6号×5枚

・トタン(ウサギ皮膠)35g

・充填材(天然石膏、若しくは天然白亜)

・水500cc

・ステンレスボウル大小(各1)

・ゴムベラ1本

・刷毛1本

・耐水研磨紙1枚

※支持体には桐材による軽量なパネルを使用しました。受講者に限り、スクォーラオリジナルロゴ入りの同一品を販売予定。



② 膠水溶液を作る



支持体と充填材を結びつける接着剤となる、膠水溶液をつくります。



1.浸水

容量1リットル以上の、湯煎に適した容器(非耐熱ガラス製やプラスティック製以外。写真では内容物の状態が分かる様、ビーカーを使用しています)に冷水500cc(作業を急ぐからといって湯を用いてはいけません)を用意し、ウサギ皮膠35gを加えます。





2.膨潤(ぼうじゅん)

膠が吸水、膨張し、内部に硬い芯が無くなるまで待ちます。(今回用いた粉末状の物で2~3時間、荒い挽割り状の物で5~6時間、板状の塊で24時間位。季節や気候等によって変動します)今回の分量の場合、水は全て膠に吸収され、写真の通り上澄みは残りません。





3. 加熱溶解

大きめの容器に80℃位の湯(熱湯を容器に注ぐことで少し冷めた状態)を用意し、水/膠混合物を湯煎にかけながら攪拌します。写真には膨潤し透明になった膠の粒が見え、未だ溶けきっていない事が分かります。粒が無くなれば溶解完了ですので、速やかに湯煎から引き揚げます。



③ 前膠(まえにかわ)の塗布




支持体表面を紙やすりで軽く荒らした後、面積に対し適当な幅の刷毛を用いて、湯煎後未だ温かい膠溶液を1層、薄く塗り延ばします。冷めてゲル化の始まった膠を用いては、多孔質な木質表面の凹部への浸透がなされず、後の地塗層にピンホールを生じさせますので、必要に応じて再湯煎を行います。

膠乾燥時の収縮による支持体の反りを防ぐには、ぬるま湯で倍に希釈した膠溶液を二度塗りし、裏面にも同様の塗りを施しますが、今回は両面張りの丈夫なパネルを用いましたので省きました。



④ 地塗り剤を作る









やはり温かい膠溶液に対し、容積比にして1、5倍程度の石膏を振り入れ、いわゆる「ダマ」が無くなるまでゴムベラ等を使い入念に混ぜ合わせます。



⑤ 地塗り剤の塗布





1.出来上がった地塗り剤を刷毛で塗布します。

特に第1層目は、何度か刷毛を行き来させ、支持体と地塗り剤が馴染む様にします。未だ木目が透けて見え、あまり白さは感じられません。





2.乾燥を待ち、2層目は刷毛目を1層目と90度違えて塗ります。この後乾燥と塗り重ねを数回行います。



⑥ 乾燥


地塗り剤塗布より一晩から数日(塗布直後では湿式研磨に際して膠が瞬時に再膨潤してしまい都合が悪く、何ヶ月も経ると硬さを増していて研磨に難儀する)、風通しのよい場所で乾燥させます。



⑦ 研磨



耐水研磨紙と水による湿式研磨を行います。水性地には乾式研磨紙(フィニッシングペーパー)とあて木による研磨や、砥石によって刃付けされた鋼板のエッジによる削りも有効で、完璧に近い平滑面が得られますが、湿式研磨は粉塵が出ない事、凸部の削り泥を凹部の充填に転用することで材料に無駄が出ない事、以上の2点において優れていると言えます。当て木を用いないため、あくまで表面の整えに終始し、乾式で得られる様な平滑面にはなりませんが、微妙な揺らぎがむしろ描画時に心地よく感じる人は多いようです。



1.適当な大きさに千切った耐水研磨紙を水に浸し、円を描くように画面全体を優しくやすります。





2.手のひらを使い削り泥をすり込みます。



3. 角度をつけて照明にかざし、表面の状態を確認し、必要に応じて1と2の工程を繰り返します。

応用(添加物)

白色顔色あるいは有彩色顔料の添加

石膏や白亜等、填材に適した顔料は概して屈折率が低く、油や水によって半透明化される為、テンペラ画や水彩画において、画面が濡れているときと乾いたときの明度差が激しくなり、油彩画においては、インプリ・ミ・トゥーラを行わず地の白さを活かそうと意図する時、絵具の塗りが画面に想像以上の暗色化をもたらすことがあります。

地塗り剤に処方する填材の内、1割から半容量をチタン白や亜鉛華、リトポン等の白色顔料に置き換える事が出来ます。その地塗りは水性の絵具で描く時の、地が水に濡れている間の灰色化も起こらず、油絵具の油分の浸透を受けた後も明るさを保ちます。

 今回は実演ページでこの後に続く褐色のインプリ・ミ・トゥーラを想定し、明色部の輝きを描画層の絵具に任せるという意味で、シンプルな膠と填材のみを用いた地塗りとしました。

 また、地塗層の着色を望むなら、やはり填材の1割から半容量を任意の天然土性顔料に置き換えればよいでしょう。

明礬の添加

膠を糊料とする画地をテンペラ画や水彩画に用いる場合、大量の水で希釈した絵具を画面にのせる時や、既にのせられた絵具を布と水で拭う時、地塗層中の膠分の再膨潤が起こり、不安定な、損傷を受け易い状態となることがあります。これは水に出会うだけで何度でも再膨潤を繰り返す、膠の性質に由来します。

 膠を加える前段階の水の中に、後に加えられる膠の10%以下の重量の明礬を加え溶かす事により、再膨潤の程度を抑制出来ます。既に膠や填材が投入された後に添加する場合は別に明礬を水に溶かす必要があり、乾いた結晶状の明礬を用いてはいけません。

 但し明礬の添加は、地塗り層やその下の支持体に酸性化という障害を与え、地塗り層は相対的に脆い性質を持つ事になります。

 通常の油彩技法や混合技法において水を大量に使うことはありません。テンペラや水彩に用いるとしても、地塗り後の乾燥を入念に(空気の乾燥する冬場いっぱい、風通しのよい場所で寝かせる)行えば、たちまち膨潤する事はありませんし、描画作業にデリケートな熟練を得る事で、大抵の表現は明礬なしに得られるはずです。

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